オーデュボンの祈り | Book Review’S ~本は成長の糧~

オーデュボンの祈り

オーデュボンの祈り (新潮文庫) オーデュボンの祈り (新潮文庫)
伊坂 幸太郎

新潮社 2003-11
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おすすめ平均

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★★★★★★★★☆☆

上海勤務ですが、日本と同様にGWをいただいて長期休暇を満喫しておりました。でも、DVDを観ることに夢中で読書の方はあまり進まず、3冊だけです。日本から書籍を追加で持って来てもらったので、早く読んで書評できるようにします。


久しぶりに大好きな伊坂幸太郎の作品を読みました。毎回なるのですが、軽いタッチの中に人生について考えさせられる深い内容が織り込まれていて、読後もボーッと考えてしまいます。今回取り上げる「オーデュボンの祈り」も例に漏れず、「うーん」と考えさせられる内容があちこちに散りばめられていました。


◆推理小説の名探偵のような…


この名探偵というのは何のためにいるか、知ってる?私たちのためよ。物語の外にいる私たちを救うためにいるのよ。馬鹿らしい。


あまり詳しく書いてしまいますと、ネタバレになってしまいますので、さわりの部分だけ。突然、見知らぬ島に連れてこられた伊藤。島の案内をする日比野。そして、言葉を話し、未来を予測できるかかしの優午。この物語は最初に引用した伊藤の元彼女のセリフが表現していると言えば、なんとなく理解してもらえるでしょうか。


未来のわかる優午は決して未来を語ることはしません。理由は「それだけ面白くないから」です。優午は起きた出来事に関しては詳しく話します。たとえば、殺人事件が起きれば犯人の名前を警察に伝えることはします。


約150年、外との交流を断っている島で育った変わった人たちが、数多く登場します。この点は、他の伊坂幸太郎さんの作品でも見受けられます。本作が、第一作目だと考えると、この作品が原点とも言えそうです。


現実離れした話の中で、時に現れるリアリズムは、会話の中だけではありません。伊藤がもともといた世界の住人である城山の行動が、物語の間に入ってきて、その残酷さが作品にスパイスを利かせています。


◆主人公とどことなく重なる自分


伊藤の現実離れした状況を、なんとなく諦めて受け入れる姿勢が自分と重なって親近感を持ちました。流されるままに生きて、それにも疲れて、ふとしたきっかけで道を踏み外した行動を取った伊藤。自分と重なるだけに、こういう行動をいつか取ってしまわないか、不安にもなりましたが。


問題の先延ばし、これは人間だけがもっている悪い性分なのかもしれない。


伊藤の性格を表すなら、この一言が適していそうです。人間とは何なのか考えた時に、他の生物とは違う点が多すぎることに気づけます。問題の先延ばしなんて、数多くある差異の中のちっぽけな存在に感じますが、実は野生の動物と一番大きな違いなのかもしれないと、読んだ時には感じました。


こういった表現もありました。

決して、負けてはならない敵。僕が強いからではない。僕が弱いからだ。へらへらとその場しのぎだけで、生きて

いる理由も必要としない僕は、彼女にとっては真っ先に倒さなければいけない対象だったに違いない。


◆数多くある会話のスパイス


伊坂幸太郎さんの作品が好きな一番の要素で、さきほどから何度か取り上げていますが、キャラクター同士の会話から出てくるセンスあふれる例え話が好きです。本作で気になった箇所をいくつか抜粋します。


俺は普通に歩けている。あの男が、奇跡でも起きないかと祈っている願いが、俺にはすでにかなっている。どうだ

、俺は十分マシじゃないか。そう思わないか?


日比野のセリフですが、それまで日比野の相手を気遣わない物言いにムッとしていた伊藤も返す言葉がなかったのではないかと思えるセリフです。相手を同情したり、思いやったりしても自分と相手は違うということを実感させられるセリフです。


現代人にとっての羅針盤とはもしかしたら時計なのかもしれない。


現代人=日本人という視点で発せられたセリフです。時間を管理しているつもりが、いつの間にか時間に管理されている。これに例え気づいたとしても社会のシステムは抜け出すことを許さなず、社会不適合者と社会が決めつけてしまうようになっています。


日々野が口にした「夜を楽しむ」という言葉について、考えた。静かで真っ暗な夜に、藍色の空や、そこに点在す

る星の小さな白色や、底なしのように見える海とその音を、膝を抱えて楽しむことも立派な娯楽だよな、と感心し

た。とても贅沢なものに思えた。


忙しく生きることに慣れてしまった、現代人へ訴えかけるメッセージです。限られた時間を有意義に過ごさないといけない、という脅迫観念から何かないと不安になり、何もないことを楽しめなくなっていると指摘しているようです。


「動物を食って生きている。樹の皮を削って生きている。何十、何百の犠牲の上に一人の人間が生きている。それでだ、そうまでして生きる価値のある人間がいるか、わかるか」僕は黙っている。「ジャングルを這う蟻よりも価

値のある人間は、何人だ」「わからない」「ゼロだ」


人を殺すことを暗黙の了解で認められている「」のセリフです。哲学的な考えなので、意見することは難しいですので、各人の受け取り方によると思いますが、個人的には気に入っています。


◆人生は物語のように作られていく、そして終わりを知るのはカカシだけ


いや、たぶん彼は、真実なんて大嫌いですよ、と僕は内心にだけ言った。偽りが嫌いだ、と公言する人間を、僕はさほど信用していない。自分の人生をすっかり飲み込んでしまうくらいの巨大な嘘にまかれているほうが、よほど幸せに思える。


冒頭の名探偵の例え話がこの物語の大枠(骨)を表現するものだとすれば、このセリフはそれを肉付けする要素です。伊藤、優午、そして島の住民が見つめる人生はそれぞれ違います。真実を知っているもの、真実を知りたがるもの、真実を知らずに嘘でもかまわないと思うもの、そういった人生観を楽しみながら読むこともよいのではないでしょうか。


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